小笠原レポート

寄稿エッセイ:2007年 1月 5日
星野瑞生 (ニューズレター編集委員、東京大学大学院生)

2006年 (平成18年) 12月 30日から 2007年 (平成19年) 1月 3日まで、(株)ナショナルランドが主催する「第30回 お正月の旅 小笠原」にエコロジー・カフェ・学生ボランティアとして参加させて頂いた。その目的は、小笠原海洋センターで保護して頂いているエコロジー・カフェ所有のアオウミガメを放流すること及び、行き帰りの途上に「いしかり」船内でエコロジー・カフェの活動を広報することであった。

先ず初めに、エコロジー・カフェの活動を紹介するパネル三枚を船内ホール横に貼らせて頂いた。本ツアー参加者は、流石に小笠原で年を越そうという人々なだけあってか、自然やその保全活動に高い関心を持つ人が多いように思えた。展示したパネルについても、その前で足を止めて読み入る家族連れなど頻繁に見られた。そういった一般客を見掛けた際には、エコロジー・カフェについての簡単な説明を行った。

往路、船内のミニシアターで上映したのはリュックベッソン監督作品アトランティス。上映時間の前からシアターはほぼ満席となり、ツアー参加者の自然環境への意識の高さが伺えた。冒頭、阿部事務局次長がエコカフェの活動について簡単な説明を行った。また、上映後はシアター入口にて、出てくる観覧客にエコロジー・カフェの活動が書かれたチラシを私が配布した。チラシを渡して受け取らなかった観覧客はおらず、エコロジー・カフェについて少なからぬ理解を得たことの証左だったのではないかと思う。

一方、復路上映したのは昆虫の生態を描いたミクロコスモス。昆虫の体表がスクリーンに大写しになるシーンが多い事もあってか、拒否感を示して席を立つ女性らが散見された。子供たちや男性陣は概ね見入っていたようだ。ただ、全体的にアトランティスに比して客の入りが良くなかった事は否めず、一般の人々の自然環境への視座が、大型哺乳類のようなメディアへの露出が多い生態系の中のごく一部分に集約されていることを暗示しているように思えてならない。生態系とは植物や昆虫、菌類、細菌をも含めた包括的な概念である事が広く市井の人々に認識されるためには、やはり環境教育が重要になっているのではないかと私は感じる。

ミクロコスモス上映時には観覧客に対して、エコカフェへの寄付金を拠出して頂いた方に「たたちゃんのだいぼうけん」を贈呈する旨を阿部次長が話したが、結局観客の方からは梨のつぶてであった。往路のアトランティス上映の折に同様の告知をすれば違った結果になったかもしれないと考えると、反省すべき点であることは否定し得ない。

小笠原は父島上陸初日の大晦日、海洋センターの所長以下数名のスタッフと翌元旦に行うアオウミガメの稚亀放流事業の調整を行った。その結果、観光協会が主催する「日本一早い海開き」の中の一イベントとして行われるカメの放流とは別個に、エコカフェ主催のカメの放流を行った方がスムーズに事が運ぶだろうということになった。エコカフェの放流は村の放流が終了した後に父島の北岸、兄島を臨む宮之浜で行う事が決定された。翌日大村海岸にて村のアオウミガメ放流イベントを具に見守ったが、案の定観光客が大挙して押し掛けて来て、止まらぬ喧噪の中でカメは次々に海へ入っていってしまった。海開きの式典とは別にエコカフェの放流を行うことにしたのは間違いなく正解だったといえる。

翌日元旦、海開きの式典が終わった午後3時頃から、エコカフェが海洋センターに委託していたアオウミガメの稚亀 20頭を放流した。里親として参加させて頂いた私の他に、小笠原には来られない里親に代わる代理放流という形で、その場に居合わせたナションルランドのツアー客10数名と共にカメを海に帰した。これに先立ち、その場には小学生前後の子供もいたこともあって、海洋センター職員からアオウミガメに関する簡単なレクチャーを頂いた。この稚亀の放流という行為を通して、小笠原村の小学生が実践している環境教育プログラムの片鱗を体験できた彼らは何かを学んでくれただろうか。崩れゆく生態系に関心を持ったとすれば幸甚の至りだ。居合わせた大人たちは、この放流が環境保全活動の一環であり貴重な体験であることを自覚しつつ放流していたようだ。斯く言う私もこのイベントの末席を汚す者として、カメの里親になって放流できたことを光栄に思う。

また、植生についても若干の調査を行った。本格的な植生調査を行うには時間も人手も足りなかったので、父島の何箇所かにおける優占種や下草植生を調べるにとどまった。どの地域においても外来種の浸潤は深刻であることが改めて浮き彫りになった。

三日月山はその頂に太平洋を眺望できる展望台を備え、大村地区から展望台まで舗装路が整備されている。歩いてくるツアー客やレンタカーで訪れる家族連れなど、不特定多数の人の出入りが激しい。それ故か、道路両側にはギンネム (Leucaena glauca) を中心とした移入種の木本類がドミナントであった。

また、下草にもチトセラン (Sansevieria nilotica) などの外来種草本の植被が見られた。余談だが、小笠原高等学校には母島出身者のために「ぎんねむ寮」が設置されているという。土着の人々にとっては外来種の移入問題はそれほど憂慮すべき事象ではないのだろうか。バナナ (Musa paradisiaca) やマンゴー (Mangifera indica) など、島の産業のために移入された外来種も多数あることを鑑みるに、観光資源以外に然したる産業基盤を持たない僻陬の孤島において先ずは島民の安定した生活が先決なのであろう。又、島の自然に憧憬を抱いて移住して来た新しい住民とは異なり、先住の島民の間には飛行場建設への賛意が少なくないという話も聞く。飛行場の存在はより活発なエコツーの催行に資し、ひいては掛け替えの無い島の自然に手厚い保護を与える財政資源になる反面、島の一部の生態系に決定的なダメージを齎すと考えると、本土と小笠原とのアクセス性向上は一筋縄ではいかない難しい課題だといえよう。

埠頭直近の大神山近辺には、植栽したのかタコノキ (Pandanus boninensis) が群生していた。大神山から一望できる父島の山々はあちらこちらで急峻な岩肌を露出させていた。昨夏の台風により山林が被害を受け、目に見えて緑が減ったらしい。貴重な固有種の遺伝子が大量に喪失したことに非常な歯痒さを覚えると共に、固有種 (特に木本) の植栽が急務だと感じた。

比較的人の手の入っていない小港地区から先の遊歩道でも多くの外来種が繁茂していており、遊歩道の傍らには外来のヤハズカズラ (Thunbergia alata) が小さな花をつけていた。時間の関係上、中山峠を越えてブタ海岸やジニービーチの方面へ足を伸ばすことは叶わなかったが、小港から中山峠へ登り、そこから父島南部を広く眺めることができた。昨今問題化しているヤギ (Capra hircus) の異常な繁殖ぶりが目に付く。どの山肌に目をやっても必ず野山羊が視界に入る。特段群れているわけではないようだが、あれほどまでに高密度で大型哺乳類が生息している例は自然界ではまず有り得ない。金華山の鹿の事例が教訓的であるが、周囲の生態系がそれを支えきれまい。だからといって動食動物を移入するのも問題であるから、やはり容赦なく山羊を放逐するか駆除する必要があろう。山羊が移入したのは全面的に人間の責任であるけれども、結果として招来した生態バランスの崩壊を、手を拱いて諦観していることも許されないと私は思う。

今回の小笠原での活動は兎に角時間的な制約に苛まれた感が強い。「いしかり」では港に接岸できないために湾中央部に投錨した後、小型の通船で岸まで送ってもらう。この通船が限られた時間にしか出ていないために、母島へ行くことはおろか父島内での行動さえも制限されてしまった。充分な植生調査を行えるよう、充分な時間と充分な人手を伴って再度小笠原の土を踏みたいと願って止まない。

最終更新日:2010年11月17日
掲載/更新日:2007年01月05日 / 編集

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