日食 LIVE in 小笠原 プロジェクト

寄稿エッセイ:2009年 8月 8日
森井淳子 (株式会社スカパーJSAT、エコカフェ法人会員)

2009年 7月 20日 (月) の海の日 AM 8:00、竹芝桟橋にプロジェクトメンバーの姿があった。今回、プロジェクトメンバーが担っているミッションは、、、

46年ぶりに日本の陸域で観測される皆既日食を、東京の南約1,000kmに位置する小笠原諸島の中のひとつ、母島より衛星を使い生中継することです (母島は食分 0.99 のため部分日食)。最初にこの企画が持ち上がった昨年 12月から約7ヶ月、ついにこの時をむかえました!

プロジェクトメンバーの紹介

制作担当

(株)eTEN e-天気.net 事業部 部長 迫 憲司さん

今回のプロジェクトでは、メンバー最年長 (自覚なし) で、eTEN が報道発表の主体会社だったこともあり、統括的なこともしていましたが、主には現地調整 (ほとんど AD)、中継ディレクター (的な) 業務、そして晴れ男を担当しました。

二元生中継の現場は初めてだったので、本当は緊張もしていたのですが、電話でスタジオと連携を取りつつ、カメラの前に立つ森井さんに緊張が伝染しないように振舞っているのが一番、大変だった気がします。

(株)629 プロダクションマネージャー 新井 貴博さん

(株)629 は eTEN が番組制作をお願いしている制作会社さんです。新井さんは今回カメラマンとしてプロジェクトに加わっていただきました。普段はライブや音楽PVなどの撮影を担当されていて、今回のような撮影は初めてとのことでした。ちょうど出発日は徹夜明けだったそうで、行きの船では爆睡されてました (笑) そして小笠原から帰った瞬間からまた息もできないほど忙しくされているそうです。

技術担当

(株)スカパーJSAT 通信技術部 第1サーヒ゛ス技術チーム アシスタントマネーシ゛ャー 柳澤 史朗さん

母島からの日食中継にポータリンクを伝送で利用することになり、技術担当という事で今回のプロジェクトに参加しました。これまで利用した実績のない最果ての地でもあり、事前準備はしっかりと

念には念をいれて。。ご協力頂いた皆様、ありがとうございました。私は母島担当でしたので部分日食でしたが、周囲が暗くなったり、鳥が騒ぎ出したり、昼間にも関わらず金星を肉眼で見れたりと、自然のすごさを実感できて、参加できて本当良かったと思います。日食後は、父島でちょっとした客先訪問があったので、次の日からは素に戻ってはいましたけど。 (笑)

(株)スカパーJSAT 法人事業部 第2法人事業チーム 渡邊 仁栄さん

広報担当

(株)スカパーJSAT 広報・IR部 アシスタントマネーシ゛ャー 森井 淳子

今回私の担当は、社内報「Yoo.」の編集部員として、会社、部署の枠を超えた今回のプロジェクトを取材し、社員の皆さんに紹介すること。

また、ひょんなことから現地の中継レポーターというなんともこっぱずかしいことをすることになり、出発前からドキドキでした。かなり緊張しましたが、とてもよい経験をさせて頂きました。ほぼ皆既に近い日食を観測できたこと、日ごろはなかなかご一緒する機会のない方たちと一緒に仕事ができたこと、どれをとっても非常に貴重な経験ができうれしく思います。約28時間という長い船旅もよい思い出です。 (笑)

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《ミッション始動!》

ガリレオ・ガリレイが初めて天体観測を行った 1609年から 400年。この記念すべき年に 46年ぶりに日本で観測できる皆既日食。今回のプロジェクトはスカパーJSAT グループの持つ「衛星通信」「番組制作」の両方の機能をフルに活用。スカパーJSAT ならではの日食生中継を企画し、広く一般に当社の活動をアピールするため、グループを横断した新しい試みです。

今回の中継は、通信網などが整備されていない離島から中継するため、小型・軽量の可搬端末で高速 IP 映像伝送が可能な、ポータブル衛星 IP 通信「Portalink (ポータリンク)」サービスを活用し、グループ会社の eTEN もコンテンツを配信している、1万人が同時に視聴可能なドワンゴのニコニコ動画「生放送」で配信をしました。もちろん、編集した番組を同日夕方には e-天気.net でも放送しました。

日食中継の仕組み

プロジェクトの実行が決まった後は、実際の中継地の選定や電源確保ができるかなどの調査開始です。また、悪天候、機器の不具合などの理由により当日中継ができなかった場合の対応策など確認、検討なども山積みでした。

当初、中継地の候補のひとつとして上がっていたヘリポート。普段は使われていませんが、万が一何かが起こりヘリが飛ぶような事態になったら使えなくなります。そういったあらゆる最悪の状況も全て想定したシミュレーションが必要でした。最終的に中継地は評議平に決まりました。

また、離島ということもあり、通常なら難なく入手できるものも、すぐに調達することはほぼ不可能と思ったほうがよい状況での中継です。どんな小さなことでも確認が必要でした。

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《いざ、出発です!》

今回の中継地、母島へは東京・竹芝桟橋から出航する「おがさわら丸」にて 25時間半をかけ父島に入り、そこから「ははじま丸」に乗り継ぎさらに 2時間半、約28時間の船旅です。

7月 20日 (月) 竹芝、皆既日食のツアー客や夏休みに入ったこともあり、かなりの人でごった返しておりました。


10:00 出航、一路小笠原父島へ。外洋も思ったほどは揺れず、順調に航海は続く。

おがさわら丸から
おがさわら丸から

7月21日(火)11:50、ようやく父島に到着。降り立った途端、肌を刺すような強烈な日差しに歓迎される?!これからの数日がかなり心配である。ただし、今回のミッションを達成するためには晴天は女神です。

「ははじま丸」に乗り込み、50km離れた最終目的地母島へ。15:00に無事に到着。

技術チームは機材のピックアップがあるため港で待機。実は配送手配に手違いがあり、1週間前に届いているはずの機材が同日の輸送となってしまったのです。

制作・撮影チームは先に今回の中継地となる評議平へ向かいます。

評議平ではまずカメラのチェック。こちらは問題なし。

遅れること 1時間半、通信技術部柳澤さん、法人事業部渡邊さんが機材とともに到着。早速ポータリンクの設置開始。予想はしていましたが、母島は衛星のカバーエリアの端の端、思うように調整ができず、赤坂での疎通テストのようにはなかなかうまくいきません。赤坂、茨城とのやり取りをすること数時間。その間、撮影チームは本番に向けリハーサルを。しゃべりのプロではないとはいえ、私のレポーターぶりの酷いこと。明日の本番がかなり心配。


辺りはだんだん暗くなり、懐中電灯で照らしながら、蚊と戦いながらの調整は続きました。そして夜はどんどん更けてゆき、気づけばすでに 20時をとうに回っていました。大体の目処はついたので、翌朝8時から最終テストをして本番に挑むことになりました。ふと空を見上げたら一面星を敷き詰めたようなきれいな夜空です。これで明日は晴れるかな!

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《ついに日食中継本番です》

7月 22日 (水) 朝目覚めると、多少の雲はありつつも広がる青空にひとまず一同ホッとしました。上海、トカラなどはほぼ全滅というような情報もあり、プロジェクトチームの強運に感謝です。後は 10時からの2時間が勝負!8時前には宿を出て評議平へ。一度回線が切れ、一時は焦る一幕もありましたが、昨日のテストよりはるかによい環境で準備が整いました。太陽が雲に隠れる心配がなどないほどの青空になり、待つは 10時過ぎから始まる日食の撮影開始と 11時からの本番!

10時過ぎ、日食グラスを手に太陽を見てみると、上の方から欠け始めています!スタッフの「お〜!」という歓声。あの時の感動はなんともいえないものがありました。普段は全く感じませんが、カメラで太陽を追っているとその動きの早いこと。ちょっと目を離すとフレームから太陽は逃げてしまうのでカメラマンの新井さんは付きっきり (きっと一番日焼けしたでしょう)。そして刻一刻と中継本番が近づき、現地レポーターという大役を預かった私は原稿の作成やディレクターのeTEN迫さんと台本のチェックをしていましたが、すでに緊張の渦の中。直前リハーサルを終え本番に挑みます。

11時、予定通り赤坂本社 3F の特設スタジオから番組が始まりました。特設スタジオの様子が見られない私たちは携帯電話越しの音声のみ。いつこちらが呼ばれるかドキドキしながらの待機です。カメラ一台での対応のため、映像での登場は冒頭のみ (のはずでしたが、結局最後に再登場)。その後は太陽を映し続け、スタジオとは音声だけでのやり取りになりました。アドリブに弱いので迫さんの横からの小声「これ言って、あれ言って」に助けられながら、「辺りは暗くなるのか」、「気温は下がるのか」、「動物たちの様子は」、「かげろうの形は」など、30分の番組中に何度かやり取りをし、番組は無事に終了しました。終わった時は本当にホッとし、また言葉では言い表せない達成感を味わうことができました。みなさん本当にお疲れ様でした!!!

ちなみに辺りはもちろん暗くなりました。空が青いので表現しづらいですが、夕立が来る前に急に暗くなる感じに少し似ているでしょうか。自動センサーが付いた自動販売機の電気が点いたほどです。綺麗に輝く金星もその姿を現しました。気温、こちらもしっかり5度ほど下がり、すがすがしい早朝のような感じです。日食終了後は日食前の 33度から 36度まで上がってしまいましたけど。

そしてこの写真、なんだかお分かりでしょうか?丸い小さな穴がたくさん開いためがねなのですが、穴を通す光も欠けている太陽と同じ形になりました!

冒頭でもお伝えしましたが、今回の中継地母島は食分 0.99 です。皆既日食帯からほんの少し外れてしまっていたため、皆既日食ツアーに参加された方たちは、漁船に乗り込み皆既日食帯まで移動して観測しています。もちろんこちらもしっかり映像に残すため、メンバーのひとり渡邊さんが乗り込み撮影しました。船の揺れに悩まされながらもしっかりとダイヤモンドリングを映像に納めてくれました。渡邊さん、船酔いと戦いお疲れ様でした!感動的なダイヤモンドリングを観れたのは羨ましい限りです。

ところで、赤坂の特設スタジオはどんな感じだったのでしょうか?田村さん!

はい!スタジオの田村です。

東京は生憎の曇り空でしたが、朝早くから会場の準備が始まっていました。

ラウンジ奥がスタジオになっていました。そして、ラウンジの中央には、日食を見るためのモニターが設置されました。そこにはスタンバイ中の森井さんの映像が!



eTENさんからの情報では、今回生放送中に森井さん宛の書き込みまであったそうです!!どんな書き込み???

日食が進むにつれ、会場のあちこちから歓声があがり、大いに盛りあがりを見せていました。ラウンジが人であんなに一杯になったのを初めて見た気がします!46年ぶりに見られた映像に皆さん大興奮の様子でした。

以上、スタジオからでした。

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《ボランティア活動もしてきました!》

さて、小笠原というとみなさんもご存知とは思いますが移動は船のみ。基本週1の定期便なので最低でも6日間の日程が必要です。

私たちの母島発は 7月 24日のため、日食中継の翌日 7月 23日は一日空いてしまいます。

迫さんと新井さんはせっかくのチャンスということで小笠原の自然をハイビジョンで納めるために島内撮影に出かけました。きっと素晴らしい映像が撮れたことでしょう。

さて残りのメンバーは?そこで今回の企画協力をしてくださった特定非営利活動法人エコロジー・カフェ (以下エコカフェ) が主催する NaGISA (Natural Geography In Shore Area) プロジェクトのボランティア活動に参加することにしました。

エコカフェとは、会員の方と共に、絶滅に瀕している動植物やその多様な生態系を識り、守り、伝えることで広がる新たな「循環」と「共生」の価値観や持続可能なコミュニティ再生、社会形成のための新たな行動様式を多様な人びとがお互いに形成するためのきっかけを提供している団体です。今回私たちが参加したNaGISAプロジェクトは、世界の海洋に生息する海洋生物の多様性、分布、個体数などについての調査、解明を目指し 10年計画で進めているプロジェクト Census of Marine Life (CoML, 直訳すると海洋生物の国際調査) の中のひとつのフィールドプロジェクトで、現在 55カ国が参加している国際プロジェクトでもあります。

今回の NaGISA は母島の北部の北港でフィールド海洋生物調査 (岩礁) を行いました。

今回私たちが行った作業を簡単に説明しますと、25cm2、50cm2、1m2 のコドラード (方形枠) の中で観察される生物の種類、個体数を確認します。50cm2、1m2 は写真撮影のみを行い、25cm2 については写真撮影と、範囲内全ての動植物をスクレイパーの先端を使用してサンプリングします。その後、ふるいにかけ 2種のサイズにわけ、各々をホルマリン漬けにしました。合計 6箇所でサンプリングをしました。

岩についている貝などをスクレイパーで採取しますが、これがなかなか頑固で。可能な限り原型を留めた形での採取が望まれるためかなり苦労しました。

焦げるような暑さに負けず、みんなかなり無心になって採取しました。なかなか体験できないことでしたので、よい経験だったと思います。また私たちが採取したサンプルが今後の研究資料のひとつとして活用されることも嬉しいですね。


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《おチビちゃんたち、強くたくましく!!!》

小笠原母島漁業協同組合ではウミガメ漁が行われていますが、アオウミガメの個体数は減少しているのが現状です。そこで獲るだけでなく「増やしていこう」というコンセプトのもと、ウミガメ保護・増殖事業も行っています。5 - 7月は母ガメの産卵期ではありましたが、残念ながら今回は撮影することができませんでした。ただ、ふ化した子ガメの放流をすることに!

天の川も見事な満天の星空のもと、私たちが放流した子ガメたち。厳しい自然界で強く生き抜き成長してくれることを願いたいです!!!

こんなことを願いながらも夕食で出された伝統料理、カメの刺身と煮込みは全部食べてしまいましたが。。。

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《自然豊かな南の島からあわただしい都会へ》

7月 24日 (金) ミッションをすべて終えたプロジェクトメンバーは、再び竹芝桟橋を目指し 28時間という長い船旅に。

7月 25日 (土) 16:00 無事に竹芝桟橋に到着いたしました。今回のプロジェクトの成功と 6日間という長い出張を労いながら、おのおの帰路に着きました。

万全で挑んだはずの日焼け対策、多少の効果はありましたが、太陽の力は凄いです。
メンバーみなさんも確実に黒さを増し、夏休み明けの小学生のよう?! (笑)

eTEN 庄司さんから以下の報告をいただきました。
ドワンゴさんからの最終的な数字のレポートです。

  • 総来場者数:43,961人
  • コメント数:132,205コメント

という、平日の昼間の時間では、記録的な数字を出すことができたそうです。
ドワンゴさんの社内評価もかなり高く、また、スカパーJSAT グループと一緒に取り組みたいという事業部一致の認識を得たそうです。担当者は、とにかく喜んでいました。

また、迫さんからは
社長以下 8名の小さな子会社にも、こんなチャンスを与えてくださったスカパーJSAT グループ経営陣の皆様をはじめ、調整、情報、応援、アドバイス、その他さまざまなご協力をいただいた皆様、そして現地で、スタジオで、惜しみなく持てる力を発揮してくれたすべてのスタッフに、心から感謝を申し上げます。

とのことでした。

最後に、このプロジェクトを支えてくださった事業推進部眞島さん、eTEN 渥美社長、田中さん、庄司さん、通信技術部吉田さん、佐藤さん、茨城サービス運用部の皆さん、そしてエコカフェの皆さま、ありがとうございます!

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後記

今回このプロジェクトメンバーには一番最後に加わりました。面識のある方、初めてお目にかかる方、さまざまで最初はちょっと不安もありましたが、みんなでひとつの目的に向かって取り組み、素晴らしい成果が出せたと思います。ひとつの部署では実現できないことでも、各々が持つ得意分野をフルに活用し、グループ全体で取り組む素晴らしさを実感させてもらったプロジェクトでした。今後もこのようなことにどんどん取り組んでいければと思います。

最終更新日:2010年11月15日
掲載/更新日:2009年08月08日 / 編集

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